すごいぞ、インバル。

インバルに関しては、ラヴェルストラヴィンスキーの作品集を聴いたことがあるのだけれど、いまひとつ好きになれなかった。ものすごい精度でオーケストラをコントロールして、響きのバランスなど、舌を巻くほど完全に統制されているのだけれど、あまりにもそれが徹底しすぎて、時折オーケストラが死んだ眼をしたマリオネット人形のような状態に陥っているように思えたからだ。

マーラーはインバルの十八番でもあり、しかも今日の演目は大曲の第9番。私がテンンシュテット指揮のCDで聴いて、「なんだかゴチャゴチャした曲だなぁ」と感じずにはいられなかった複雑な曲だ。過去にゲルギエフ指揮のロッテルダム・フィルの実演でも聴いたことがあるが、やはり前半の2楽章はゴチャゴチャしていた。それを彼がどう処理するか、聴きものだと思ってチケットをとった。

厳格な縦の線の統制は、実演でも変わらずだった。インバルは、常に音楽の芯となる部分をしっかりと浮き上がらせながら響きを構築しているので、流れが混濁して迷走状態になることがない。「ゴチャゴチャしてるなぁ」という印象は、彼の指揮の下ではまったく感じることがなかった。すごいぞ、インバル。

しかも、実演ということもあって、ベルリン交響楽団は非常な高揚感と緊張感をもってインバルの指揮に反応し、音楽は常に熱っぽい。音楽はみるみる間に巨大なスケールとなり、聴き手を揺さぶるようなドラマが眼前で繰り広げられる。

最終楽章、執拗なまでに繰り返された祈りがついに断ち切られ、傷ついた鳥がそっと羽を閉じるように音楽が消え入っていく。息絶えていく中でも細々と、しかしさらに純真に続けられる祈りの果てに、一筋の光がまっすぐに差してきたような感覚を残して、音楽はやがて沈黙する。最後の一音の後、会場の静寂は15秒は続いたかしら?

こんなに速く、一気に過ぎて行った一時間半は、最近では覚えがない。何度でも言う。すごいぞ、インバル!


ラヴェル:ダフニスとクロエ(全曲)

ラヴェル:ダフニスとクロエ(全曲)