世界の"Midori"

さて、シベリウスのコンチェルトのソリスト五嶋みどりさん。実演に触れるのは、私ははじめてだ。どんな演奏をするのかな、とチケットを取ったときからとても楽しみにしていた。
で、いざ演奏が始まってみると…もう、たまげてしまった。最初の数小節を彼女が弾き始めた途端、会場全体が"Midori"に染まったのがわかったから。
「情熱的」とか「雄弁」とか、そんな表現をいくら積み重ねてもその音楽を言い表すことはできない。ただ、ひとりの音楽家の切々とした独白が聴き手の耳を鷲掴みにして離さない。息を詰めるような緊張感の中で、静かな熱狂がホール全体に燃え上がっていく。もちろん、オーケストラの伴奏も非の打ち所がない。彼らが描く壮大なスケールの背景と、五嶋みどりさんの一挺のヴァイオリンが示す孤高の存在感。シベリウスのコンチェルトがこんなにも真摯な熱情と慟哭に満ちた音楽だったなんて!演奏会でもCDでも何度も聴いたことある曲なのに。
終楽章の最後の一音が終わったとき、思わず大きく息をしてから、「ああ、『音楽家』というのはまさにこういう演奏をできるひとのことを言うんだろうな」と感じた。音が単なる音として響くのではなく、なにかもっと深く遠いものとの繋がりを感じさせてくれるような存在として目の前に現れるあのような演奏を聴かされると、彼女には「ヴァイオリニスト」よりも、「音楽家」という呼称のほうがふさわしいように思えてくる。